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  • 2009.06.04 Thursday
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そこ、底なしの底

どっかで放火して母親と兄妹二人を殺した少年が
父親と面会したそうです。暴力をふるっていた父親と。
父親に恨みがあったのに父親の以いない時間に犯行。
これは屈折した父親に対する愛情の要求なのでしょうか。
私にはよくわからないものだわー。


愛情ねぇ。。愛情は「込め」たり「注ぐ」ものである。

「込める」→何かの中にすっかり入れること。
「注ぐ」→目標から逸れないように何かを流しかけること。

と、いうことは。愛情には受け止める「器」が必要になるわけだ。
前に異性の友人にこんなことを言われたことがある。
「あなたの人の愛し方は何か屈折してる」
まっすぐに誰かを愛するわけでなく、
その人が幸せであることに献身しすぎだ、と。
一般的に「愛」が何を指すのかなんて知らないんだけど。
確かに普通とは違う気もする。少なくともマイノリティでしょうな。
「自分が愛されることだけでは満足できてないんじゃない?」
と総括されたことがある。
そこで考える「器」。
そういうものに例えたとき私の器は底が抜けているのでしょう。
だから愛情で満たされる前に器の補修をしてもらいたい。
自己が満ちるための他者の介助。
それは具体的には価値観の共有。ってことになるかなぁ。
価値観が共有できない恋愛関係、考えるだけで病む。
そして恋人が幸せであること=自分が安定していること、
となってるんじゃないだろうか。
こう考えれば自分のスタンスに説明がつく。
こうだから平常時に愛情を受け取れないんだな、きっと。
「他人」からの好意を素直に受け取れないんだわ。
なんか怖いんだもんよ。警戒心が働いてしまう。
まぁ理論武装したところで「ヘタレじゃん」の
一言で片付いてしまうことがいかんともし難いな。

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