スポンサーサイト

  • 2009.06.04 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


ひとり暮らしのひとりの部分を満喫したい

 引っ越してきてからしばらく経ちまして。
なんだかんだでネットが繋がったのがこないだの日曜日だったりして。
4月はほとんど家にいないからいいやーと。
5月はゴールデンウィークが終わったらでいいやーと。
その後は慣れない肉体労働(誇張なし。あれは労働です)に日々疲労困憊。
それでも何とか5月中には申込みを終えられたわけだ。

まだ2ヶ月少々しか経ってないものの、北海道での生活がすごく遠くなった気がする。
ちょっと前までいたはずの場所の記憶が曖昧になっていったり。
そのくせ近くに詳しくなったわけではなかったり。
生活には予期せぬ変化が色々。

まずスーツを思いの外着ない。制服あるから何だけど。
ちなみにレインコートは気密性抜群でダイエットにオススメです。
私もこの夏は敢行したいと思います。

次に自分には体力がなかったと。
この1ヶ月は残りのライフが2くらいでアフター5を迎えてます。
ビールなんか2杯でお腹いっぱいです。
ちなみに先日はドイツビールのお祭りで1.5リットルが限界値だと認識しました。

んで、彼女ができたような、できてないような。。
いや、できたんだけど、実感がかなりない。
しょっちゅう遊んでるんだけどなー。
友達の延長のような。。会わないと違和感があるような。
一緒にふざけてられたらいいんじゃないかと。
お互いに異性の友人関係には不干渉って認識です。
皆様にこれまで通りにかまってもらえれば幸いです。

まぁなんだかんだ楽しんでます。いまんとこ。
長々と何か書くのは多分こっちが中心になるかと。
んじゃ、またそのうち何か。

面倒なことは引き受けたい

久々にあった友人に彼女を紹介される。
このところおめでた続きの私の周り。
自分は。。まぁ、これからでしょ。
とりあえずあと半年はどうでもいいやという気がする。
他にやるべきことがいっぱいあるもんね。

しかし、こう、誰もかれも何かしら心の奥に秘めていることはあるだろうと。
まぁたまたま自分には黙っているだけかもしれないけれども。
それでも、その秘め事をもし自分に話したいのであれば、
そのときにはしっかりと受け止めてあげたいと。
今日友人と同時に久々にあった人を見て思った。
みんな大変なんだ。もちろん程度の差はあれ自分もだろう。
傲慢なのかもしれない。それでも受け止めれる自分でいたい。
それと同時にがっかりさせない期待に応えて素敵で楽しい自分でいたい。
WithT。
てなことを思った次第であります。
これも見る人によっては甘いじゃないの、の一言で済まされるんだろう。
実際そうなんだろう。それでもそう思うのは何の下心でもなく、
人として全うするべき事項なんだと思います。
最近ひっかかってたのもここなんだろーな。

っていうかこれ誰が見てるんだろう?
一人語りは慣れてるもののなかなか寂しい。
って思うのも最近のキブン。

道を往く

ちっちゃな頃から何となく考えていること。
最近あらためて考えたので推敲せずにつらつらと書いておく。

「我が道を行く」なんて言葉があるように、
人の人生って一本道を描いていくようなもんなんだろう。
そしてその軌跡を描くのは人生ゲームで使う駒の車みたいなもの。
一人で描かざるを得ないのだから一本道になる。二本は出来ない。
その一本道は真っ直ぐ伸びていくのかもしれないし、
S字カーブを描くのかもしれないし、時々右折するかもしれない。
とにかく、一人が持つ道は一本だけれど、
その道は必ずどこかで他人と重なるのだ。
重なったときに道を共有することもあるだろう。
共有まで行かずとも、2車線になることもあるし、
あるいはただ交差するだけかもしれない。
他人と併走することもあるし、道を譲ることもある。
判断を誤れば事故を起こすことだってあり得る。

ここでの肝は、ハンドルを握っているのは自分であること。
どの方向にドライブしていくかは参考にするものはあれども、
決定するのは自分でしかない。
前を走っている車についていこうとも、別れようとも。
また、各人がそれぞれに決定するのだから、
たまたまある地点で一緒の道を走っても、
運転者の意志で違う方向へ走っていってしまうことも多いんだろう。
それを下車して進むべき方向を協議することは出来ない。
目的地が全員同じということは絶対にあり得ない。
どこまで進めるかも人によって様々。

つまり、変わっていくのは自分だけじゃないってこと。
自分が変わらないことが他人も変わらないことの保証になるわけがない。
逆もまた然り。
だったら自分の好きなように走らせるのがいいと思うんだけど。
一人で走ってると明るく見える距離は短いので、時々前が見えなくて不安になる。
そんなときのために、たくさんはいなくてもいいから
何台か近くを走っていると心強いよね、ってこと。
あんまり多いと渋滞になるんだけどさ。

まとまってるような、まとまってないような。
漠然と考えているのはこんなこと。
今は。。前を走っている車もいるのかもしれないんだから、
しっかりアクセルを踏み込んでるところ。
意外と近くを走ってたりしないかなーとか考えながら。

運について

さてさて。運。
友人のブログにあった話からちょっとこれについて考えてみようと思った。
自分からは出ないテーマがポッと出る。これ楽し。
距離があってもできるのがインターネッツの素晴らしさ。

運。ウン、と読みますわな。
そもそもこれが何で運といわれるのかってところを想像する。
すると、「運ぶ」って言葉に行き着くわけです。
「命」を「運ぶ」と書いて「運命」。これジョジョより。

運が指す内容って「運ばれてくるもの」なんだなーって思う。
自分の力ではどうにもならないものが、
自分の側にどの程度来るのか?ってものの度合い。
だから運ばれてきたもので物事が上手くいけば「運がいい」。
結局上手くいかなきゃ「運が悪い」。
そう締める場合、自分の最善の努力が前提にあるべきだと思うけど。
でもここには運ばれたものの量って問題とされてないわけで。
麻雀でいえばイーピン1つ来るだけで運がいいのかもしれないし、
国士無双13面待ちでもあがれなきゃ運が悪いってことになるんだろう。

ってこたぁですね、考え方次第なもんなわけです。
どの程度のものを望むのか、現状から何を見出すか。
運って言葉だけで片付けられるものの中には、
それだけじゃないものがある気がする最近。
自覚しているかどうかはともかくとして、
結果にはそこに至る原因が必ずあるはずなんだよなー。
そう考えると運は必要条件かもしれないけど十分条件にはなり得ないな。

それよりもどれだけあるものを楽しむか。
ないのならば見つけに行くかの方が大事なような。
既に運ばれてるのかもしれないし、運ばれてないと思うなら会いに行けばいい。
そこでハングリーさが尽きないのであれば、運が悪いって言葉も出るんだろうけど
時にそれは望みすぎているのかもしれないね。
運の善し悪しは人それぞれ。ただ、何でも運の問題にする人って大抵魅力的でない。
それが良い方でも悪い方でも。
「ラッキーは、弱い奴の言うセリフだ」ナイキのコピーだったかな?

何か改めて文章にするとあまり大事じゃないっていうか、着目するもんじゃないな。
気がつけばそこにあるものっていうのかな。。ハンカチ落としのハンカチのように。
見つけたのなら全力で走ってみればいいことあるかな。
気付かないならそれなりに楽しくやれるはずだし。
気にし出せばキリがないものでもあるやな。
だったら僕は気にしないであったら嬉しい、ぐらいに構えてようかと。
しかし見つけて見ないふりはしない。

ま、運については自助してから考えようってこった。
何もないときに考えると途端にいやしんぼになるね。

Cheer up

新年度開始。選考開始。
腹痛が残したダメージはけっこうでかかったらしい。
いかんともしがたい現状とか。
まぁね、さっぱりと切り捨てることも大事じゃないかと。
後ろの光は前の道を照らせない、だったっけ。
だったら懐中電灯ぐらい持っていたいんだが。

いまが大事だ。数十年のための1ヶ月だ。
結果がどのようなものになったとしても、動くことが大事なんだろう。
22,3ぐらいの今は。

って言葉で言うのは簡単なんだけど、
それまでと何も変わらないはずの場所が何となく違っていたり。
見ている景色への違和感はしばらく残りそうだな。
4月に入ってからの驚きだ。自分の目で世界を見ねば。
しかしそれはけっこう苦痛だ。

とりあえず、後ろの光まで消えてしまわないように。
手をかざして風をさえぎることもできないんだろうけれども、
消えないように祈ることぐらいはしていたい。
そんな気持ちで見る桜は他人事のようにただ綺麗でした。


んー。伝えるべきことはしっかり伝わるのか。
素直な気持ちで、稚拙な言葉で。
とりあえず言う気になったことは小さな進歩だ。

calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM